2011/09/08

笑う月/安部公房


笑う月
安部公房/新潮社 1975年
182×270mm(函入外形サイズ)

高校の国語の教科書で「棒」を読んで以来、大好きな作家の一人。
タイトルも気に入っているこれは、安部公房の短編集です。


この本は文庫で知っていましたが、たまたま古本屋で見つけて買いました。
安部公房の本は、装幀も気になるものが多いので、単行本を見つけると既読の本でも買うことも多い。

ほんとに短い話ばかりで、なんだか無駄に大きい様な気もしますが、
ちょっといいのは、収録されているコラージュ作品が大きいこと。
全部で6点掲載のうち、特にお気に入りのものはこれ。




帯の裏に、「夢のスナップショット17篇」とあるが、スナップショットとは上手いこと言う。「夢の競演」とかの夢ではない。「夢」そのもののことです。←蛇足ですけど。

乱暴に言うと「夢」をテーマに、あるいはモチーフにした作品なのです。

先日ちょうど、昼間に見る「夢」のことを考えていて、笑う月のことを同時に考えた。
それが幻覚ともいえるような、見たような気がするんだけど本当は実存しなくて、
起きていたのに見るそれはやっぱり夢だった。
想像ともちょっとちがうのは、無意識下で見ていたからだった。

眠りから覚めるという、一つの節目があるとはっきりするが、
白日に見る夢は、妄想したことを実際に見たと一瞬勘違いして
あれはデジャヴュか?と思い込んだりもするけど、
「夢」だと決めるのがいちばんしっくりくる。

以下、気になる(気に入った)箇所を引用…

「どこかに自覚できない、夢と現実の切れ目があったにちがいない。」
睡眠誘導術

「思考の飛躍は、しばしば意識の周辺で行われるものだ。」
笑う月

「白昼の意識は、しばしば夢の論理以上に、独断と偏見にみちている。」
たとえば、タブの研究

「一滴の雨のしずくが、大海の主成分であることに変わりはない。」
藤野くんのこと


「夢のスナップショット」、またはスケッチと言ってもいいのかな。
この本のサイズと厚みが、ちょっとスケッチブックのようでもあって、
最初は無駄かと思ったこの大きさも、読んでいるうちになじんでくる。


たぶん、網代綴じではないかな。のどまで開ききらないので。
そこ、ちょっと不満ね。ちょっとだけね。


前半は、夢の断片や夢についての創作ノート。
後半になってくるとシュールさがうす黒くなってきて
最後の3篇、「鞄」「公然の秘密」「密会」は、ちょっとぞっとする感覚になります。

「鞄」は人生の背負い物と同じようで、シニカルに語りかけてくるのが最後の部分。
自分の会社に求職に来た男が預けていった鞄を持ち上げた男が、そのままなんとなく歩いてみたら、その大きな鞄はずっしりと体にこたえるほど重かったが持って歩けないほどでもない。
歩いているうちに帰り道がわからなくなったが、歩ける方向に歩くしかない。とにかく歩いているうちに方向がわからなくなる。
「べつに不安は感じなかった。ちゃんと鞄が私を導いてくれている。私は、ためらうことなく、何処までもただ歩きつづけていればよかった。選ぶ道がなければ、迷うこともない。私は嫌になるほど自由だった。」 


「密会」は、同タイトルの長編小説があるが、それの原型であるのかしらん。ちょっと共通する部分があるような気もするんですが、本当のところは不明。
長編の「密会」は、「笑う月」が刊行された2年ほど後なんですが…
長編の「密会」は、体がだんだん溶けていくという病気をもつ少女が、性的に惹かれる対象として登場するんですが、こちらの「密会」でも同様の表現があります。
こちらは体が溶ける病気ではなく、軟骨が萎縮するという…
安部さん、東大医学部出身ですからね。
こういうの、苦手な人はまったくダメでしょうね…

ノーベル文学賞の候補にもなっていたらしいですが…
68歳の若さで亡くなってしまいました。
生きてらしたら、受賞していたかもしれません。

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