チャップ・ブック 〜近代イギリスの大衆文化
小林章夫
チャップブックについて詳しく書かれた本は数少ないと思いますが
その中のこれは一冊。
大衆向けの短い読み物が載っており、行商人が日用雑貨等と一緒に売り歩いたとされる廉価本のこと。
本というよりパンフレットと言った方がよいくらいで、16ページから24ページくらいのものが多かったよう。
内容としては、物語、占い、笑い話、論説、犯罪実録や求愛のハウツーなんてのもあったらしいです。
17〜18世紀ごろにイギリスで多く出回ったそうですが、宗教や道徳関連のものが最も多かったそう。
職業に応じた生き方の手引きといった内容のものもあったとか。
この辺りのチャップブックは、布教目的の無料配布であったことが殆どらしいです。
チャップブックの内容は多彩で、
格言などの盛り込まれた暦、ハウツーもの、旅行ガイド、小話、なぞなぞ、占い・予言・魔術関係、民話、民謡…などなど。
犯罪実録なんていう、ワイドショー的なものも人気を集めたそうです。
料理書の挿絵です。
料理書の中には、料理レシピの他に「顔を清潔に白くする方法」とか「シミ・ソバカスのとり方」などの美容法も書かれていたとか。
婦人雑誌みたいですね。
その他、家計のやりくりの方法なんてのも。
こちらはなぞなぞ。
Q(問)の下に、答えを表す挿絵が載っているのがご愛嬌。
訳文を引用しますと…
「問題:寒くても服を着ず 霜も雪も恐れない 靴や靴下もいらず
それでも遠い所、近い所をうろつき
肉と飲み物はいつでも手に入れ
サイダー、ビール、ワインは飲まない
いかなる摂理ゆえか 物を買わず売らず、それで不足もない。」
「答:海を泳ぐニシン」
…うーん。ニシンに限るのか?という疑問はさておき。
占いの本も人気のひとつ。これは「ほくろ占い」。なんだかシュールです。
あと、ベストセラーなんかのダイジェスト版も多く出回ったようです。
著作権を守るようなシステムがゆるかったのか、勝手に短くして売っちゃったり。
本作の初版360ページを8ページとかに圧縮しちゃうので、ものすごい早さの展開に。
すごいです…映画の予告編みたいな感じでしょうか。
木版の挿絵も多用。
木版は手がかかって経費もかかるせいか、使い回しも多く見られたそうです。
ひどいのになると、お話に関係ない挿絵が入ることもあったとか。
雑な感じがまた、味わいですね〜
また、子ども向けのお話も18世紀以降にはたくさん作られたようです。
児童文学はチャップブックとともに生まれたということです。
庶民や子どもたちが読む、といっても
当時の識字率はどうだったのか。
イギリスは当時、貧しい人たちに教育する慈善学校や日曜学校などはあったものの
農夫やその子ども、貧民の多くは読めない者が多かったそう。
18世紀になって少しずつ識字率も上がっていくようですが、
その辺りの事情も書かれています。
この、持ち手のついた羽子板の様なものは、「ホーンブック」といって、
アルファベットや数字などが書かれており、子供の教材として使われた物です。
持ち手のついた木枠に、文字の書かれた紙片をはめ込み、透明な角質の薄片(これが骨でできた物と思われます)でカバーしてあります。
チャップブックを軸にして、17〜18世紀頃の大衆文化や風俗がいきいきと現れ、
出版物が大衆に親しまれた様子がよくわかります。
今の時代と重ねて見ると面白く、興味深い内容で読みごたえがありました。
面白かったので、つい紹介が詳しくなってしまいました…
この単行本は絶版のようですが、同じ内容で文庫本が出ています。
チャップ・ブックの世界/講談社学術文庫
もう一冊。これはちょっと貴重かも。
子どものためのチャップブック
三宅興子(梅花女子大学名誉教授)/編集・解説
2008年 ユーリカ・プレス刊
B5判 本体210 p+ アンカット判7点は折込で収録
版元の紹介文によると…
「19世紀前半の英国で子ども向けチャップブックのシリーズを発行した重要出版社、ケンドリュー社(ヨーク)、ラッシャー社(バンバリー)の出版物40点(他3点)を完全復刻。いずれも現在、入手は極めて困難な貴重資料。」
つまり、子ども向けのチャップ・ブックの復刻集成ですね。
日本語の解説冊子が付いています。
中身はチャップブックの復刻が多数。たぶん縮小と思いますが。
丁付の状態ですね。
図版多いです。
チャップブックに使われた木版には、稚拙な物が多かったようです。
しかしこの、絵の稚拙なところも、何となく味があって
今となってはその方が貴重なような気もしたりして。
一方ではトマス・ビューイックのような優れた作品を残す作家も生まれました。
チャップブックの復刻版(実体裁)はまた紹介します。
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